葬儀屋さんについて思うこと。
私は、院時代に森谷先生のゼミに所属していた。村落的生活様式と都市的生活様式についてとても興味があった。私の住んでいたコミュニティは育つ過程で村落的生活様式からゆるやかに都市的生活様式に変わっていった。
私は、殆どの家が神社の社家の子孫という特殊な環境で育った。閉鎖的で紐帯がとても強かった。
私が小さい頃は、まだ、葬儀を相互扶助で地域の人たちと協力して執り行っていた。
自宅に棺桶を入れて、近所に住む神主が祝詞をあげる。火葬して墓まで運んで埋めるという近所の人たちの助けでやるのだから大変な作業である。
近所の女性が集まってキンピラ、天ぷら、うどん、つけ汁、つけもの、などを沢山つくり参列した人に
食事がふるまわれる。
台所は女性であふれかえり、その子供たちは、皆で庭で遊んでいる。男性たちは酒盛りがはじま
る。という図が私が経験した葬儀である。
私が大きくなるにつれて、田舎にも都市的生活様式が入りこみ、対価を支払い、専門の業者に頼んで相
互扶助を補完してもらうというのが増えはじめた。もっとも影響力があったのは、葬儀屋さんではない
かと思う。近所の人に助けてもらわなくても自分たちだけで葬儀が完結できるというのは、どれほど気
が楽になったことか。高齢化や若者の田舎離れなど、イベントが相互扶助ではできなくなった背景もあ
る。
台所に近所の人が入らない、会館でやれば済むのでとても楽である。人が来た時用に沢山の食器が自宅
の倉庫にストックされていたが、それもいらない、近所の人とコミュニケーションがとれない家でも
恐れることはないのだ。息苦しい、コミュニティから解放をさせてくれたのは、葬儀屋さんで
あったと私は強く思う。本当に大変な仕事であると思う。感謝しかない。
今も、懇意の方に葬儀社勤務の人がいる。プライベートな時間でも会社から電話がくると途中で
抜けていくのだ。それも20時過ぎであったりする。遅い時間かつ自分の趣味の時間を削って
駆けつける姿には、本当に心から感謝しかない。大変なお仕事をしていると思う。
仕事に対する真摯な様子や自分のプライベートを削って仕事に行く様子をみているとありがとう
と後ろ姿をみながら思う。どこの葬儀屋さんもこういった方々の献身によって成り立っているのだと
気づかされる。給与だけのことでは続かないお仕事であると思う。本当に感謝している。