私の父は、俳優の反町似のハンサムな人であった。
スレンダーでハスキーボイスで色白で頭もそこそこ良くて。
タバコの峰を愛していた。
若い頃はモテていたらしい。父の元同級生であった女性に出会うと
「怜一朗さんのお嬢さんなの」と言われ、残念そうな哀れみの目で
見られた。おそらく父の遺伝子から想像できないほど私がヘチャだからだ。
父はなぜ母を選んだのか。その問いをきいておけばよかった。
母と結婚する前に交際していた女性を知っている。美人だった。
母は、そこそこブスで、学もない。料理も掃除も洗濯も好きでない。
父に常にお小言を言っている嫁であった。父が可哀そうだなと、ずっとみていた。
小学校低学年の頃、寝ていた私は母に起こされ車に乗せられた。行った先は、
おひとりで住んでいる女性の家であった。その間のやりとりは覚えていないが、
オレンジ色のあかりがドアのすりガラスから漏れていたことだけは覚えている。
ドアが開き中から女性が現れた。部屋の奥のソファーに父が座って珈琲を飲んでいた。
数年後、また同じことが起こった。寝ていた私を叩きおこし、母は、祖父と祖母の
位牌を紫のナイロンの風呂敷に包んだ。私は、ご先祖様に父の行いをみてもらい父に
反省を促す手段に出たな、浅はかな…と思いながらも鬼の形相の母についていった。
既視感のある家につくと、今度は父が出てきた。そして、母は、持参した紫の風呂敷を
取り出すと父に中身をみせ、また、位牌をしまい固く風呂敷を結ぶと、そのまま手を高く振り上げ
「何やって☓〇△※◇っ」と絶叫しながら父の頭をめがけ風呂敷をふり下ろした。
乾いた木の鈍い音が父の頭頂部にあたり跳ね返され藍色の闇夜に響いた。
位牌で殴られた父は、母をみながらきょとんとしていた。そんな時も父はクールでハンサムであった。
母は、父のことが好きであった。だから、悲しくて寂しくて悔しくて切なくて、どうしたらよいか
わからなかったのであろう。父が夜、出かけてしまうと仏壇の前に座り泣いていた。
祖父、祖母に父の行いをとめてもらいたかったのであろう。